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ご報告

 投稿者:あんじ  投稿日:2011年 8月 7日(日)00時23分20秒
返信・引用
  大変遅くなりましたが、過日ご案内させていただいた、≪「白河見聞館・「戊辰戦争白河口の戦い展」
開館記念講演会および交流会≫の様子をご報告させていただきます。

7月30日、新白河駅に降り立った飯沼一宇様、飯沼一元様、山本英市様、堀田節夫様を
はじめとする遠方からのお客様をまずご案内したのは、東日本大震災で大規模な石垣の崩落があった
「小峰城」でした。
予想以上の被害に皆様驚かれた様子でしたが、時間がかかっても必ず復旧できる国の史跡ですので、
どうぞご安心いただきたいと存じます。

その後やはり震災で被害を受けて延期を余儀なくされ、
ようやく7月24日に開館なったばかりの白河図書館に移動。
その真新しい図書館において「白河見聞館」開館の式典が行われ、資料の寄贈者や
ご尽力いただいた方々に感謝状が贈られました。
そして戊辰戦争の資料館である「白河見聞館」のある、テナント複合施設『楽蔵(らくら)』で
テープカットが行われた後、『戊辰戦争白河口の戦い展』を見ていただきました。
サプライズは、佐藤一男さんが会津から携えてこられた照姫の厨子で、
8月いっぱい展示させていただけることになっております。

午後は1時半から黄檗宗・龍興寺(通称、山の寺)において講演会。
第一部は飯沼一元さんによる「白虎隊と飯沼貞吉」と題してのご講演です。
時代背景や会津藩の置かれた状況、鳥羽伏見の戦いから斗南までの変遷、とくに戊辰戦争の中の
「白河口の戦い」については丁寧に話していただきました。

飯盛山の悲劇と流布された落城説に対しての真実の解説、自刃後の飯沼貞吉の足取り・・・
長州美祢において養育された言い伝えと、貞吉2年間の空白の一致。
自刃後の蘇生にまつわるつらい思いや、美祢での生活を家族にさえも言えなかった
飯沼貞吉の心の内を思うと、何度聞いても胸が詰まる思いがいたしました。

飯沼さんは「白虎隊の会」と「海の会」についても説明され、講演会に参加して下さった
72名の方に会誌創刊号を配布されました。

第2部は西郷頼母研究会会長で、「白虎隊の会」顧問でいらっしゃる堀田節夫様のご講演でした。
演題は 「西郷頼母と戊辰白河口戦争」。
堀田様は白河口の戦いにおいて激戦地となった「稲荷山」に、
【うらやまし 角をかくしつ 又のへつ 心のままに 身をもかくしつ】という、
西郷頼母の歌碑を建立されています。
講演では、残された和歌などに隠された、西郷頼母の心情などを見事に読み解かれていて、
その研究の姿勢と情熱は素晴らしいものだと尊敬いたしました。

さて5時からは皆さん待ちに待った懇親会。
地元の主婦や主夫が心を込めて作った、手作りの料理によるものです。

今回のイベントは、施設の損壊や関係者が被災されるなどして、諸事滞り
ようやく開館できたことから、至らない点が多く失礼もありましたが、
この懇親会で、皆さんがお酒を酌み交わし、和やかに交流されている光景を拝見し、
安堵の思いをいたしました。

飯沼一宇様、飯沼一元様、山本英市様、堀田節夫様、佐藤一男様、大変お疲れさまでした。
心から感謝申し上げます。

今後とも「白虎隊の会」と白河市のご縁がいついつまでも続きますように・・・
皆様どうぞご支援をよろしくお願いいたします。

写真①式典でご挨拶の、最後の白河藩主、阿部家の第22代当主 阿部正靖様
写真②感謝状を授与される堀田節夫様
写真③テープカット
 
 

京都支部・夏の納涼会

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年 8月 1日(月)08時52分30秒
返信・引用
   7月16日(土) 京都支部・夏の納涼会  (会員  木村健)
 かつて浅田次郎の小説にハマった私は多大な期待を抱いて納涼会に参加しました。
 参加者 10名。 14:30 京都駅に集合、出発前に司太夫からコースの変更を言われ、桂小五郎殿が途中参加の方に変更連絡で大慌て。
 タクシーに分乗して、まずは予定変更の島原・輪違屋に直行。 大門の前で、島原の歴史を簡単にレクチャーを受ける。
  初めて入った輪違屋は「とにかく暗い」。電気のなかった時代の屋内の暗さを実感。対照的に明るい坪庭を抜け、座敷での司大夫による解説。
  御茶屋としての輪違屋は明治の創業で幕末には存在しなかったとの事。残念な事が一つ。工事の為2階にある桂小五郎の書を拝見出来なかった事。

  タクシーで次のポイント、壬生寺に到着。ちょうど、新撰組同好会のメンバーによるパレード(池田屋事件の再現)出発式の直前。
 桂小五郎殿が、芹沢鴨や近藤勇殿と仲良く握手。近藤勇殿とニコヤカに写真に納まる姿は、幕末には想像できなかったでしょう。
 その後、期待大の前川邸の見学。前川の現当主のおじいちゃんと、息子が桂小五郎殿にニヤニヤしながら、「長州は入れませんよ」と言う。

 古高俊太郎、拷問の蔵は2階建てで大きな扉があり、1階には千両箱をいくつか隠した地下金庫がそのまま保存されていた。
 暗い二階に上がり床を取り外せば吹抜けの空間。その天井には滑車が吊り下がる、まさしく拷問部屋。
 体を縛り付けたロープもそのままぶら下がり、当時の厳しい拷問を容易に想像できる臨場感溢れる空間でした。

  さらに最後が一番驚きました。前川邸を出た後、隣のお寺さん新徳寺へ。何とそこは清河八郎演説の場所。
 予定にはありませんでしたが司大夫の粋な計らいで特別に入れていただきました。
 新徳寺の中は一般には立ち入り禁止です。本堂へは渡り廊下を通っていきますが、意外と狭くてびっくり。御本尊のある間が板敷きが5畳くらいで、
 その正面が15畳敷き。15畳の左右が12畳ずつくらいで奥行きが狭くて横に長い。なんでも住職が絵が得意で坂本龍馬など沢山の肖像画がありました。

 歴史探訪は、ここまでで徒歩で懇親会場に行き、宴会から参加の方が遅れて到着でここからは、和気藹々の宴会開始。
 あっと言う間に予定の時間が経過。最後になり桂小五郎どのがどこで着替えたのか、真っ白な浴衣姿で登場。
 次回の再開を約束して締め散開。 ちょうどこの夜は”祇園祭りの宵山”、それぞれが25万人の群集の中に散って行きました。
あちらこちらで、NHK、などいくつかのテレビ局が”祇園祭りの宵山”、の生中継をしていました。
 

訂正

 投稿者:あんじ  投稿日:2011年 7月26日(火)12時17分1秒
返信・引用
  (申し込み先)
安司 弘子  minimini@mountain.ocn.ne.jp

(推薦宿泊先)
ホテルサンルート白河 0248-24-0111
(ホテル予約も代行いたします)
 

ご案内

 投稿者:あんじ  投稿日:2011年 7月26日(火)12時01分53秒
返信・引用
  皆様
いつもお世話になっております。
この度福島県白河市に『白河見聞館・戊辰戦争白河口の戦い展』が開館いたします。
東日本大震災の発生により、ここ白河においても甚大な被害があり延期を余儀なくされましたが、
自宅が被害に遭いながらも、歩みをとめなかった関係者によって実現できた資料館です。
そのような中での開館ですので、まだまだ未完成の資料館ですが、いろんな方にご教示をいただきながら交流していただけたらと、以下のイベントを企画しました。
「白虎隊の会」が取り持つ縁のような資料館ですので、期日が迫ってからのご案内で大変恐縮ですが、
会員さまにもぜひご参加いただきたくご案内申し上げます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
≪「白河見聞館・戊辰戦争白河口の戦い展」開館記念講演会および交流会のお知らせ≫

明治という新しい近代国家を築くため、多くの犠牲をもたらした戊辰戦争。
その中で最大の激戦となった「白河口の戦い」に関する情報を、多くの方々のご協力をいただき、
全国に向けて発信することになりました。これを記念して、「開館記念講演会及び交流会」を
下記により開催いたしますので、ぜひともご出席くださいますようご案内申し上げます。

日時 平成23年7月30日(土)午後1時30分
会場 龍興寺(山の寺) 福島県白河市向新蔵131
1. 受付 13:00~13:30
2. 開会 13:30
主催者あいさつ
3. 講演第一部 13:45~14:45
演題 「西郷頼母と戊辰白河口戦争」
講師 堀田節夫氏(西郷頼母研究会会長)
4. 休憩 14:45~15:00
5. 講演第二部 15:00~16:00
演題 「白虎隊と飯沼貞吉」
講師 飯沼一元氏(白虎隊士飯沼貞吉嫡孫 白虎隊の会事務局長)
6. 参加者紹介
7. 交流会 17;00
会費 3000円
(白河の主婦たちが作る、手作りの田舎料理と、飲み放題のお酒でお楽しみください)

※展示資料は飯沼貞吉氏の弟で、会津松平家の家令であった飯沼関弥氏が残されたもので、
すべて未公開のとても貴重な資料です。
当日は、午前11時から新図書館において関係者による式典があり、
その後「白河見聞館」(白河市中町「楽蔵」内)においてテープカットが行われます。
(11:45頃)

開館記念式典には資料提供にご尽力いただいた、飯沼貞吉嫡孫の飯沼一元様、飯沼関弥嫡孫の飯沼一宇様、西郷頼母研究家の堀田節夫様、西郷頼母実弟曾孫の山本英一様をはじめ、
最後の白河藩主阿部家の現当主・阿部正靖様、資料のパネル用原稿や写真の収集などでご協力いただいた方達も列席され、皆様、講演会・懇親会にもご出席いただけます。
是非ともテープカットにお立合いいただき、貴重な資料をご覧くださいませ。
その後、講演会、交流会にて親睦を深めていただきたいと存じます。

また地震によって広範な石垣の崩落があり、悲しい姿になってしまった「小峰城(白河城)」を
テープカットの前に見ていただき、復興の暁にはその感動も共有していただけたらと、小峰城のご案内も予定しております。
さらに当日宿泊される方で、ご希望があれば、翌日、市内のご案内もさせていただきますので、どうぞお知らせくださいませ。

(申し込み先)
推薦宿泊先:ホテルサンルート白河 0248-24-0001
安司 弘子  minimini@mountain.ocn.ne.jp
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【客様への対応】
7月30日(土)
① 9:50新白河駅東口 ロータリー集合(東北新幹線東京8:20発{なすの553号}新白河9:46着 改札でお迎えします)
② 10:10小峰城見学
③ 10:45「白河見聞館」テープカット参加→『戊辰戦争白河口の戦い展』見学
④ 昼食
⑤ 13;00~13;30龍興寺(山の寺)
7月31日(日)
白河市内散策・・・ホテルサンルート白河ロビー9時集合


 

飯沼さんの京都での3度目の講演が決定。

 投稿者:桂小五郎  投稿日:2011年 7月12日(火)19時41分31秒
返信・引用
  昨年から、準備してきた飯沼さんの京都での3度目の講演が決定。

今度の場所は、京都守護職屋敷跡に建つ、京都府庁旧本館です。
(主催は、府庁旧本館利活用応援ネット 私もこのメンバーです。)

府庁旧本館利活用応援ネット http://www.pref.kyoto.jp/chiikiryoku/1242895718951.html

飯沼一元さん含めた、京都幕末秘話、会津・長州・土佐編 3ヶ月連続講座として開催。
 (詳細は、添付資料:京都府庁 製作)

正式に京都府庁広報課から発表と共に、京都府庁公式HPにも掲載されています。

京都府庁HP  京都府庁旧本館連続講座4 受講者募集
http://www.pref.kyoto.jp/news/event/2011/6/1309239384374.html

この公式HPの中で、「白虎隊の会HP」にリンクが貼られています。


飯沼さんの9.18講演には、2013年の大河ドラマが「八重の桜」の決定もあり
マスコミの取材も沢山来ると期待できます。(私から、各新聞社に連絡しておきます。)


ps:
   長州編の講座も秘話として面白いですよ。
   会津・長州・土佐編 3ヶ月連続講座の講師は、すべて私がお願いし企画しました。

  京都支部長   中村 正

http://byakko1868.web.fc2.com/

 

京都支部 納涼会

 投稿者:羽角  投稿日:2011年 7月11日(月)20時14分22秒
返信・引用
  本日は東北地方でも梅雨明けが発表になり、全国的に暑い一日になりました。
これからが夏本番。。皆様、健康管理に充分気をつけてお過ごしください。

7月16日(土)、京都支部では納涼会を開催予定です。
詳細は「支部だより」京都支部のページに掲載しています。

参加を希望される方は明日12日(火)までに京都支部長の中村さん宛に
TELまたはメールでご連絡くださるようお願いします。
(予約の都合がある為、締切が急ですみませんm(_ _)m)

http://byakko1868.web.fc2.com/

 

山口放送ラジオ 出演しました。

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年 6月23日(木)14時46分40秒
返信・引用
  山口放送ラジオ 「おはようKRY」 『県人アワー ふるさとdeつなごう!』
平日(毎日)、朝の9時40分から6分間だけの生電話でインタビューするコーナーに出演しました。

Q,山口県出身の方や山口県に縁のある方とお電話をつないでいます。
  今日は、京都市にお住まい 中村 正(ただし)さん  63 歳
  下関市のご出身です。
  「おいでませ山口」観光親善大使や、関西地区の山口県人会のお世話をされています。
  今日と明日、2日続けてお話を伺います。 おはようございます~!

 ――おはようございます。 中村です。 よろしくお願いします。

Q,中村さんは下関市小月のご出身で、豊浦高校のOBだそうですね…!
  なぜ京都の住むようになられたんでしょうか。

     <。。。 途中 省略 。。。>

Q、さて中村さんは、山口県に関する活動をたくさんされています。
  「おいでませ山口」観光親善大使や、「京都山口県人会 会長」、「関西山口県同郷会 幹事」、
  「明治維新防長殉難者顕彰会 会員」、「近畿地区の豊浦高校同窓会 幹事」
  そして「白虎隊の会 役員」。・・・さて白虎隊の会とは何ですか?

私のコメント:
 戊辰戦争の悲劇となった、白虎隊の話ですが、、、白虎隊で唯一蘇生した飯沼貞吉を御存じですか?
 私が5年前に飯沼貞吉の直系のお孫さんと知り合ったのがキッカケですが、「戊辰戦争後、長州藩士・ 楢崎頼三が飯沼貞吉を山口県に連れて帰り、美祢小杉でひそかに養育したという話が高見家に今でも 口伝で伝承されています。」
 この秘話を世に広め、長州と会津の友好の懸け橋の一助になりたいと活動しています。
 白虎隊の会は、京都や下関にも支部があり、すでに全国に130人の会員がいます。

あ~そうそう、清末にある下関支部の創作料理店「小樽」は、創作料理がとても美味しいと評判です。
 先日は、元総理の安倍晋三先生も食べに行かれたそうです。

Q、中村さん、明日は県人会のこと、故郷のこと、モットきかせてください。

私のコメント:明日もよろしくお願いします。


備考:二日目の生ラジオも無事終了。
   今後は、私の紹介で、全国にいる山口県人がこの「輪」をつなぎラジオに生出演します。
   ちなみに、私の後輩がボランティアで中古自転車150台を前回は石巻へ運び、
   今回は、気仙沼へ運びますが、7月4日に現地気仙沼から生でラジオ出演する予定です。

      京都支部長 中村 正

 

2013年大河ドラマ 『八重の桜』

 投稿者:羽角  投稿日:2011年 6月22日(水)19時43分26秒
返信・引用
  今日、NHKから正式に発表がありましたが、2013年(再来年)の大河ドラマは
『八重の桜』、新島八重が主人公だそうです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110622-00000321-oric-ent

八重を演じるのは、綾瀬はるかさん。脚本は『ゲゲゲの女房』の山本ひろみさん
だそうです。
詳しくは、上記のリンクをご覧ください。

今年の『江』はまるで少女マンガのようで残念に思っておられる方も多いかと
思いますが、再来年に期待したいですね!

http://byakko1868.web.fc2.com/

 

山口県萩高校OBの方達が支援活動をしています!

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年 6月17日(金)13時08分20秒
返信・引用
  飯沼一元さんのお兄さんが勤務されている石巻日赤病院で、
山口県萩高校OBの方達が支援活動をしています!

---- 以下は、萩高OBの掲示板に載っていました。 ----

石巻日赤病院には今も山口県から職員を派遣しています。
石巻地域で医療活動をしている総合病院はここだけです。職員も被災者です。がんばっています。
長州と会津、こんなこともあるんだ!

<おまけ①>
救護班として石巻に行き、山口に帰る途中の事務職員、会津若松に泊まり、
居酒屋で“災害救護の帰りだ”“どこから?”と聞かれ、
“長州萩(佐々並)から来た”と言ったら、よく来てくれたと大歓待だったそうです。


<おまけ②>
日赤山口支部の事務局長の片山さんは17期の先輩です。弟さんは同期です。


        情報提供元:京都支部長の知人(萩高OB)から
 

鳥羽伏見ミニ史跡めぐり

 投稿者:羽角  投稿日:2011年 6月 8日(水)22時10分51秒
返信・引用
  6月4日(土)、鳥羽伏見ミニ史跡めぐりをやりました。
参加者は飯沼さん、正井さん、司太夫、私の4人。(昼食は桂さんも一緒でした)

廻ったコースは、安楽寿院→城南宮→恋塚・浄禅寺→妙教寺→八番楳木戦場跡(千両松激戦地跡)。

最初の二つは、鳥羽伏見の戦い時、新政府軍の本営が置かれたところで、小枝橋から城南宮、安楽寿院周辺にわたって薩摩軍が布陣していたそうです。
いつも思うのですが、幕軍の歩兵は何故、弾込めせずに薩摩軍に近づいたのでしょう? 薩摩兵の銃撃は「想定外」だったのでしょうか?

浄禅寺は、鳥羽に2ヶ所ある「恋塚」寺の一つ(上鳥羽にあるほう)で、本堂には袈裟御前の本尊が祀られています。とても美しいご本尊でした。
飯沼貞雄がのこした歌に「袈裟御前」とタイトルが付けられた歌があり、その背景を探りたいとの飯沼さんの想いから、今回訪問することが叶いました。
現住職と前の住職に色々説明していただき、大変勉強になりました!

本当はこの後、悲願寺墓地などを廻る予定だったのですが、時間の都合で淀に行くことに。
司太夫と地下鉄・竹田駅で別れ、残る3人は丹波橋駅乗換えで淀へ。
京阪電車の淀駅から真直ぐ、妙教寺に向かいました。

妙教寺の境内には、榎本武揚筆「戊辰之役東軍戦死者之碑」が建っています。
鳥羽伏見の戦いでは、この辺り(富ノ森、納所、淀)の街道沿いでも激戦が繰り広げられ、本堂に残る砲弾が貫通した柱や、当時の住職が残された貴重な資料(貫通した柱を歴史の証人として残すことと、東軍戦死者の供養と墓参を代々続けることを弟子宛に書き残されたもの)を見せていただき、色々興味深いお話を拝聴しました。

因みに、妙教寺のある場所は、淀古城(淀殿が住んでいた淀城)跡の一画だそうです。今ある城跡は江戸時代の淀城で、享保年間から幕末まで稲葉氏が藩主でした。古地図で見ると、水上の城下町だったようです。

妙教寺で長居した為、あと1ヶ所しか廻れそうにないので、八番楳木戦場跡(千両松)を選択。その途中、納所会館前に移された「戊辰役戦場跡」碑をチェック。←元々、愛宕茶屋跡(鳥羽街道沿い)にあったものです
八番楳木戦場跡の「戊辰役東軍戦死者埋骨地」(慰霊碑)は、京都競馬場の駐車場横にあります。

鳥羽伏見関連の史跡は他にも沢山あるので、京都支部で秋にあらためて史跡めぐりを計画中です。


写真は、浄禅寺、「戊辰之役東軍戦死者之碑」(妙教寺)、八番楳木戦場跡の碑

http://byakko1868.web.fc2.com/

 

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