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仙台市北山輪王寺白虎隊士飯沼貞雄墓にあずさ弓の歌碑建立

 投稿者:貞吉  投稿日:2013年11月 9日(土)16時43分34秒
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  白虎隊士飯沼貞雄の墓(幼名貞吉、嘉永7年(1854)生れ)

会津藩士飯沼猪兵衛一正(禄450石)二男。
慶応4年(1868)戊辰戦争の際、白虎隊士として
出陣するも飯盛山で同志と共に自刃。偶然救助され
唯一人蘇生した。後、白虎隊自刃の顛末を手記に残し、
歴史の貴重な証言者となる。

明治5年(1872)逓信界に入り、電信技術者として九州から北海道にいたる全国の電信・電話網の架設に尽力した。この間、明治27~28年(1894~1895)に日清戦争に出征し、朝鮮半島の軍用電信架設を成功させた。明治30~37年(1897~1904)に仙台郵便局勤務、後、札幌郵便局を経て、明治43年(1910)に仙台逓信管理局工務部長となり、以降仙台に住んだ。
大正2年(1913)退官。従5位勲4等。昭和6年(1931)没。享年78歳。
この墓は、輪王寺第四十一世中興福定無外和尚が貞雄没後1周忌に建立した。貞雄の戒名は「白厳院殿孤虎貞雄居士」とされ、『白虎』と貞雄の雅号『孤虎』が織り込まれている。

貞吉の出陣に際して、母ふみ(雅号玉(たま)章(ずさ))が詠んだ歌が色紙に残されている。

あずさゆみ むかふ矢先はしげくとも ひきなかへしそ 武士の道

貞吉の出陣するときに よみてつかはしける    玉章

2013年9月 貞雄孫飯沼一浩、同一宇、同一元 建立
 
 
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