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京都支部・夏の納涼会

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年 8月 1日(月)08時52分30秒
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   7月16日(土) 京都支部・夏の納涼会  (会員  木村健)
 かつて浅田次郎の小説にハマった私は多大な期待を抱いて納涼会に参加しました。
 参加者 10名。 14:30 京都駅に集合、出発前に司太夫からコースの変更を言われ、桂小五郎殿が途中参加の方に変更連絡で大慌て。
 タクシーに分乗して、まずは予定変更の島原・輪違屋に直行。 大門の前で、島原の歴史を簡単にレクチャーを受ける。
  初めて入った輪違屋は「とにかく暗い」。電気のなかった時代の屋内の暗さを実感。対照的に明るい坪庭を抜け、座敷での司大夫による解説。
  御茶屋としての輪違屋は明治の創業で幕末には存在しなかったとの事。残念な事が一つ。工事の為2階にある桂小五郎の書を拝見出来なかった事。

  タクシーで次のポイント、壬生寺に到着。ちょうど、新撰組同好会のメンバーによるパレード(池田屋事件の再現)出発式の直前。
 桂小五郎殿が、芹沢鴨や近藤勇殿と仲良く握手。近藤勇殿とニコヤカに写真に納まる姿は、幕末には想像できなかったでしょう。
 その後、期待大の前川邸の見学。前川の現当主のおじいちゃんと、息子が桂小五郎殿にニヤニヤしながら、「長州は入れませんよ」と言う。

 古高俊太郎、拷問の蔵は2階建てで大きな扉があり、1階には千両箱をいくつか隠した地下金庫がそのまま保存されていた。
 暗い二階に上がり床を取り外せば吹抜けの空間。その天井には滑車が吊り下がる、まさしく拷問部屋。
 体を縛り付けたロープもそのままぶら下がり、当時の厳しい拷問を容易に想像できる臨場感溢れる空間でした。

  さらに最後が一番驚きました。前川邸を出た後、隣のお寺さん新徳寺へ。何とそこは清河八郎演説の場所。
 予定にはありませんでしたが司大夫の粋な計らいで特別に入れていただきました。
 新徳寺の中は一般には立ち入り禁止です。本堂へは渡り廊下を通っていきますが、意外と狭くてびっくり。御本尊のある間が板敷きが5畳くらいで、
 その正面が15畳敷き。15畳の左右が12畳ずつくらいで奥行きが狭くて横に長い。なんでも住職が絵が得意で坂本龍馬など沢山の肖像画がありました。

 歴史探訪は、ここまでで徒歩で懇親会場に行き、宴会から参加の方が遅れて到着でここからは、和気藹々の宴会開始。
 あっと言う間に予定の時間が経過。最後になり桂小五郎どのがどこで着替えたのか、真っ白な浴衣姿で登場。
 次回の再開を約束して締め散開。 ちょうどこの夜は”祇園祭りの宵山”、それぞれが25万人の群集の中に散って行きました。
あちらこちらで、NHK、などいくつかのテレビ局が”祇園祭りの宵山”、の生中継をしていました。
 
 
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