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下関支部長が紹介されました。

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年 2月 7日(月)23時33分18秒
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  白虎隊の会 各位どの

下関支部長(吉井克也氏)が紹介されました。
2011年02月07日 朝日新聞に掲載された記事

http://mytown.asahi.com/yamaguchi/news.php?k_id=36000271102070001


会津と交流 不思議な縁から/吉井克也さん
2011年02月07日


白虎隊の会下関支部長/吉井克也さん(64)=下関市


戊辰戦争で敵味方に分かれて戦った長州と会津の友好を深めようと、昨年10月に「白虎隊の会」下関支部を設立し、支部長に就いた。


元中学教諭。2007年3月に校長で定年退職し、今は下関市教育委員を務めるかたわら両者の交流活動に取り組む。「長州や会津のしがらみにとらわれず、幕末を懸命に生き、身を捧げた人たちの生き様に思いをはせたい」


会津とは不思議な縁で結ばれている。幼い頃から「サダさあ」という男の話を聞いて育った。美祢市の集落で語り継がれてきたその人は、自刃した会津・白虎隊で唯一生き残った飯沼貞吉(1854~1931)と言われる。長州藩士の楢崎頼三が、地元の美祢に連れ帰って面倒を見たとされ、生き残ったことを悔やんで自害しようとする貞吉を頼三が戒めたとも伝わる。


この話は、楢崎家の家事をしていた女性が口伝えで残してきた。その女性は母方の先祖にあたる。

2008年、貞吉の足跡を探すため県内を訪れた、貞吉の孫の飯沼一元さんと出会い、交流を続けてきた。昨年10月、下関市の功山寺で開かれた志士たちの慰霊祭で、主催団体に頼まれて一元さんに参列を打診。慰霊祭で長州、会津両藩士の子孫が初めて顔をそろえた。


一元さんは会津の有志やファンらでつくる「白虎隊の会」の事務局長。慰霊祭に参列した一元さんから「ぜひ下関でも支部を立ち上げてほしい」と提案を受けたのが、支部設立のきっかけだった。


今年1月には早速、下関市内で処刑された会津藩士の隠密の墓を清掃した。今後は県内で白虎隊の碑を建てることも考えている。


「貞吉と頼三のように、敵味方として争う中でも心の交流があったことを後世に伝えたい」
 
 
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