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筑前琵琶「花の白虎隊」を奉納

 投稿者:飯沼貞吉  投稿日:2010年 7月28日(水)09時35分30秒
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  白虎隊剣舞発祥の地で
筑前琵琶「花の白虎隊」を奉納
                                 佐藤一男記
 演奏 田中旭泉先生
日時 平成22年7月26日(月) 午前10時
 場所 会津若松市住吉神社拝殿

中村正様、筑前琵琶演奏者中西喜美子様(白虎隊の会会員)のご紹介による奉納が、約70名の参加を得て厳粛の裡に林厳静まるなか琵琶の音とともにこだました。
 琵琶による「花の白虎隊」演奏はまさに会津初であり、しかも、戊辰戦争で唯一の勝利の合戦場住吉神社だけに新たな思いが脳裏をかすめた。
 ※なぜ住吉神社を選んだか
会津城前身である黒川城、鏡が城、浜崎城と至徳元年に建立され、今年で626年を迎えた。今年は会津藩祖保科正之公が生誕400年、三代正容公が松平姓と葵のご紋を許されてから315年になる。さらに白虎隊剣舞がこの神社境内で創作され、土津公こと正之公と住吉の大神に奉納し、当時16士が眠る白虎隊供養17回忌に奉納された。
 ※剣舞の誕生
戊辰役終えて斗南から戻って西南戦争に参加し、若松警察署長に赴任した中条広記(30歳)が、これからは青少年の育成が大事と新しい日新館設立をはかり、蛤御門の戦い一番槍で知られる飯沼貞雄の妹の夫である飯河小膳、旧家老諏訪伊助らと開設した。
漢学者佐原盛純を招聘して白虎隊の漢詩を依頼し、そして剣舞を自刃した池上新太郎の父池上与兵衛が斗南から戻って住吉神社神官に就任していたことから実現した。
日新館生徒に後に住吉神社宮司になる長岡寛徳の姿があり、寛徳の家柄は大内宿にまつわる高倉宮に仕えた家柄で、書聖といわれた星研堂の高弟だけに筆者が管理する書翰から明らかだった。
※17回法要のために
当時の自刃者は16名といわれ、その後19名になり様々なことから墓地も改められたが、明治17年10月13日(旧8月23日)松平容保公や多くの旧藩士らが参列して法要が行われた。
この日の實現のため努力した中条は惜しまれつつ一週間後に没した。彼は会津刀の名匠に生まれ寄合白虎隊員として出陣し、西南戦争に武勲めざましく三島通雇に見いだされて若松警察署長に赴任した。また、同年秋に飯河小膳もこの世を去った。
※初の奉納
住吉神社宮司は葦名十郎義連の孫五男の加納氏に直系する名門の常世氏である。知人でもあることから急な願いも快諾され総代の皆さんにはかり実現した。
急なため地域広報もままならず、筆者が勤める5つの公民館講座の皆さんにお知らせして実現した。
※開催状況
常世宮司と総代会会長のご挨拶をいただき、演奏者を紹介し今日にいたる経過を説明して奉納が行われた。参加者の皆さんが後々まで語り継がれるように、言葉に勝り保存できるように詳細に書いた資料配布作成に心がけた。
冷え冷えした鬱蒼とした拝殿だけに雰囲気は高まり、A4版に拡大した詩文を見ながら名調の音に聞き入り、朗々のなかに引き込まれながら練られる感動のもとに弦の音が消えた。
まさに白虎隊の総てを知る方々だけに目うるみ、ほほ緩む姿に司会の身の震えを忘れられない。
終えて短時間ながら歓談が行われ、前日開催された白河市の開催寺のご住職はじめ、皆さんから継続の声が寄せられた。
本会から安司氏と朝霞市の小名泰裕氏が参加され、午後から東山の衆教正雲寺や青柳工房などを御案内してこれからを創作しながら至福の身に感謝した。

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