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会津若松市と京都市が相互交流

 投稿者:羽角  投稿日:2012年 1月 9日(月)09時37分19秒
返信・引用
  今朝の「京都新聞」の記事です。

新島八重が結ぶ縁
http://www.kyoto-np.co.jp/region/article/20120108000081

NHK大河ドラマ「八重の桜」2013年放映が決まったことを受け、震災復興や原発災害の克服に力を合わせようと、
会津若松市と京都市が共同の観光PRや学校間の文化・教育交流を予定しているとのこと。

3月に京都で開催される「東山花灯路」に合わせて会津若松市の室井市長が京都を訪れ、
相互交流宣言を行った後に特産品の展示即売をするそうです。
 

京都支部便り

 投稿者:正井良治  投稿日:2011年12月24日(土)23時49分21秒
返信・引用
  京都支部では、12月11日(日)に今年最後のイベントとして伏見歴史散策と忘年会を開催しました。
会津からは会津古城研究会会長で白虎隊の会研究担当役員でもある石田明夫ご夫妻をお迎えし、
また最近入会された別役さんとそのお友達も加わり、延べ11名の参加でした。

史跡めぐりは、
13時に近鉄伏見駅に集合した後、散策コースを企画していただいた武田さんと戸田さんの案内で、
鳥羽での薩摩軍の砲声がきっかけで始まった伏見の戦いの跡を訪ねました。
会津藩など東軍の戦死者64名を祀る悟真寺の訪問から始めた今回の散策コースは、
悟真寺~玄忠寺~御香宮~魚三楼~伏見奉行所跡~土佐藩邸跡~黄桜記念館(休憩)
~寺田屋~京橋~長州藩邸跡~材木屋跡~伏見御堂~源空寺
です。
京都特有の底冷えの中、暖かい日差しもあり、皆元気で良く歩きました。
伏見奉行所跡に残る石垣について、専門家の石田さんから、石垣に残るその年代ごとの構造を拝聴できるなど、なかなか得難い史跡めぐりでした。

忘年会は、17時から「梅の花」伏見店で行いました。、
会場では、始まる前に、再来年の大河ドラマ「八重の桜」の主人公山本八重について、
専門家である石田明夫氏からミニ講演もしていただくという贅沢な忘年会でした。
ここでは改めて自己紹介をしながら、和気あいあいと、湯葉・豆腐などヘルシーな食材を満喫し来年の抱負を語りあいました。
 

長崎支部だより

 投稿者:日下義雄  投稿日:2011年12月15日(木)01時38分51秒
返信・引用
  長崎支部では、例会を兼ねて忘年会を開催しました。
7名中6名の参加で例会の会場を長崎歴史文化博物館の研修室使用した関係で
会員でもあり支部の顧問の大堀館長も中国出張の帰ってこられたばかりのところ
例会に最後までお付き合いいただきました。
初めてのかたもあり、自己紹介からはじめて
私の「会津藩の陰の恩人 足立仁十郎の生涯」の講演の後、
足立と日下の関係など長崎の中の会津について議論しました。
支部の当面の課題は、めがね橋のかかる中島川上流の中川カルルスの場所を確認し、
日下義雄が植えた千本の吉野桜の説明板の設置です。
日下の長崎での足跡なども追いながらやっていくことを確認しました。
私の所属する長崎伝習所では「孫文と梅谷庄吉と明治・大正の長崎」という冊子を
来年3月に出版します。私は「長崎の中の会津」というタイトルで北原雅長と日下義雄を
中心にまとめました。来年4月からは「長崎と会津をつなぐ絆」の学さるくを、
会員の協力を得ながら、支部の取り組みの一つとして、再来年の「八重の桜」が始まる前に長崎の人々や観光客の皆さんに長崎と会津の関係をひろめていきます。
 

飯沼貞雄が勤務した場所が、、

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年12月 1日(木)15時54分55秒
返信・引用
  貞雄が、逓信省技術者としての初赴任地が、この赤間ヶ関です。
当時の面影を残す建物として、テレビ番組で紹介されています。

「激動の時代を生き抜き、今も圧倒的な存在感を放つ百年建築の佇まいとして、わが町の建 物物語の一つ」

歴史ある港町、山口県下関市の旧下関電信局電話課庁舎。1924年に誕生したこの建物の直線と曲線が生むモダンで自由なデザインは、全国の郵便局や電信局を手がけ、戦前の建築界をリードした逓信省営繕課の設計。

http://www.bs4.jp/building_story/onair/13.html

是非、現地(下関)に行ってご覧下さい。

現在は、下関が産んだ大女優:田中絹代記念館になっています。
 

長府功山寺 万骨塔に新たな霊石が、、、

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年10月22日(土)19時06分11秒
返信・引用
  1年前から準備してきた、 会津藩の白虎隊士、山川健次郎の霊石が10月20日長府功山寺万骨塔に安置されました。

幕末から明治にかけて活躍した全国の先人を慰霊する下関市長府功山寺の万骨塔(s12年、尊攘堂(現長府博物館)と
ともに桂弥一により創設)に、東京帝国大学(現東京大学)の総長などを務めた、山川健次郎の霊石が新たに加わりました。

除幕式のあと恒例の万骨塔慰霊蔡と平和祈念祭があり下関市関係者、遺族会の方々ら約90人を前に、
長府博物館友の会会長の金田満男さんの 挨拶(山川健次郎の霊石を決定するまでの経緯を含めた話)がありました。

山川健次郎先生のひ孫で東京大学教授の木下健 さんは、この金田会長の話を胸に迫る万感の思いで聞かれた後、
「山川は乃木さんと奥平さんを尊敬していた。この地に安置できて感謝している」と お礼を述べられました。

次に、山川健次郎と従兄弟同士の飯沼貞吉のお孫さんで白虎隊の会事務局長の飯沼一元さんは、
「戊辰戦争で敗れた会津には長州に対する怨念が残っている不幸な状態だが、 会津が生んだ逸材を安置してもらいありがたい」、と挨拶。

白虎隊の会下関支部の吉井克也支部長は 「この万骨塔が会津と長州の友好の発信基地になれば」と話されました。

尚、すでに会津白虎隊の霊石も以前より万骨塔に安置されており、この長州下関の地で山川健次郎は白虎隊の隊士や従兄弟の飯沼貞吉と、
再会した事になります。

山口新聞 H23.10.21
長州ゆかりの白虎隊士 万骨塔に山川健次郎の霊石-下関
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2011/1021/6p.html
新たに加わった山川健次郎の霊石の前で記念撮影に応じる(左から)木下健さん、金田満男会長、飯沼一元事務局長
 

会津青少年育成のための義援金

 投稿者:飯沼 一元  投稿日:2011年10月22日(土)10時18分57秒
返信・引用
  9月22日の夕方、白虎隊自刃の地説明版除幕式のあとで、
室井市長を訪問し、白虎隊の会から義援金10万円をお渡ししました。
この義援金は青少年育成のために役立てていただくように
お願いいたしました。会津若松市では、義捐金を受け取る際に、
いくつかの用途枠を設定していますが、白虎隊の会としては、
若手人材の育成の一助にしたいとの思いをお伝えしました。
 白虎隊の会としては、5月に、福島原発で会津若松市に
避難されてきた、楢葉町と大熊町役場に、各10万円の
義援金をお渡ししましたが、今回で義援金の累計は30万円
となりました。
ご協力いただいた、白虎隊の会の皆様には、心からお礼
申し上げます。
白虎隊の会事務局長 飯沼 一元

http://byakko1868.web.fc2.com/

 

飯沼貞吉さんの家の跡に説明版が付いた

 投稿者:桂小五郎  投稿日:2011年10月 3日(月)21時49分46秒
返信・引用
  これは、六日町のねぼけ茶屋前に佐藤一男さんが作られた説明板です。

http://blogs.yahoo.co.jp/aidukon1819/474169.html

私が、インターネットで遊んでいたら偶然にも見つけました。
 (ある方のブログに書かれていました。)

     京都支部長 中村
 

143年ぶりに子孫同志がご対面というサプライズ

 投稿者:桂小五郎メール  投稿日:2011年10月 2日(日)12時12分58秒
返信・引用
  一元さんは「養育を裏付ける一級の証拠」と感無量

9.18京都府庁での飯沼さんの講演会は大盛況。定員オーバーで府庁担当者も
申込みを断るのに苦労されていました。私の知り合いも数人は入れなかった。
この講演会に、東京から楢崎頼三の曾孫(松葉玲子さん)が駆けつけ講演後、
143年ぶりに子孫同志がご対面というサプライズがありました。

これまで、飯沼さんと高見フサの子孫(白虎隊の会下関支部長の吉井克也さん)との
ご対面は、数年前に済みましたが、楢崎頼三の子孫がマスコミの前で飯沼さんに会う
のは今回が初めて。

次は、飯沼さん、楢崎頼三の曾孫(松葉玲子さん)と高見フサの子孫(吉井克也さん)の
3人が顔合わせする機会を是非、作りたいと思います。


京都新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20110918000068

河北新報
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/09/20110919t65016.htm

この143年ぶりに子孫同志がご対面というサプライズ記事は、この他に
朝日新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞、山口新聞、東奥日報、などに掲載されました。

    京都支部長 中村
 

白虎隊飯盛山自刃の地に説明版除幕

 投稿者:飯沼 一元  投稿日:2011年 9月25日(日)18時04分54秒
返信・引用
  白虎隊飯盛山自刃の地に説明版除幕。(9月22日)

東日本大震災で、延期していた白虎隊自刃の地説明版
の設置を実施し、このたびその除幕式を白虎隊の会関係者他
四十名の参加を得て行いました。
この日は、前日の台風16号の影響で、郡山から若松までの
鉄道およびバスが運休となり、関西、東京方面から駆けつけた
会員は、タクシーを使ってなんとか会津若松にたどり着きました。
また、12時過ぎからは土砂降りの大雨となり、式典の開催が
危ぶまれましたが、幸い、開始の2時直前になって、小降り
となり、無事挙行することができました。
1年以上に亘って、準備を進めてきただけに、感慨もひとしおです。

下記の方々をご来賓に迎え、室井市長他にご挨拶をいただきました。
室井照平 様 (会津若松市長)
目黒章三郎 様 (会津若松市議会議長)
渡部啓二 様 (会津若松市観光課長)
芳賀公平 様 (財団法人会津弔霊義会 理事長:代理 吉田愈 常務理事)
大竹健治 様 (八幡総持墓地管理委員会 委員長)
飯盛康子 様 (飯盛山商店会 会長:代理 飯盛正徳 事務局長)

http://byakko1868.web.fc2.com/

 

(無題)

 投稿者:ニチロメール  投稿日:2011年 9月 6日(火)17時39分15秒
返信・引用
  はじめて書き込みします。あの当時の下士官以下の階級を知りたいのですが
上等兵は上等卒だったと思います。
 

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